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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)2号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

代表者代表取締役

北岡隆

訴訟代理人弁理士

上田守

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

江塚政弘

山田益男

及川泰嘉

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第3690号事件について平成6年10月21日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年10月17日、名称を「不要輻射防止装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第232666号)をしたが、平成6年2月1日に拒絶査定がなされたので、同年3月3日に査定不服の審判を請求し、平成6年審判第3690号事件として審理された結果、同年10月21日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年12月7日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

CRT偏向ヨークに巻回された偏向コイルの漏れ磁界による不要輻射を防止する不要輻射防止装置において、上記偏向ヨークに巻回された偏向コイルの巻回位置に対応して対称に配置された互いに同一形状をした一対の補助コイルを設け、上記偏向コイルの漏れ磁界を打消すように上記補助コイルに偏向コイルへ流す偏向電流に応じた電流を供給することを特徴とする不要輻射防止装置(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点(誤記であることについて当事者間に争いない点を訂正)

(1)  本願発明の要旨は、特許請求の範囲(1)に記載された前項のとおりと認める。

(2)  これに対して、本出願前である昭和60年9月13日に出願され、特許第1809837号として登録された昭和60年特許願第203779号発明(平成5年特許出願公告第16133号公報参照。以下、「先願発明」という。)の要旨は、その明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲1に記載されている下記のとおりと認められる。

「CRT偏向ヨークに巻回された偏向コイルの漏れ磁界による不要輻射を防止する不要輻射防止装置において、上記偏向ヨーク上部および下部の偏向コイルの巻回位置に対応してその偏向ヨーク外壁面を上部および下部から挟むように2分割して巻回形成され、上記偏向コイルと直列あるいは並列に接続された補助コイルを設け、この上部の補助コイルが発生する磁界および下部の補助コイルが逆方向に発生する磁界により上記偏向コイルの漏れ磁界を打消すようにしたことを特徴とする不要輻射防止装置(別紙図面B参照)

(3)  対比

本願発明と先願発明とを対比すると、先願発明の「2分割して巻回され」た補助コイルは、本願発明の一対の補助コイルに相当するから、両者は、「CRT偏向ヨークに巻回された偏向コイルの漏れ磁界による不要輻射を防止する不要輻射防止装置において、上記偏向ヨークに巻回された偏向コイルの巻回位置に対応した一対の補助コイルを設けたことを特徴とする不要輻射防止装置」である点において一致し、下記の6点において一応相違する。

相違点〈1〉

本願発明が、偏向ヨークに巻回された偏向コイルの巻回位置に対応して対称に配置された互いに同一形状をした一対の補助コイルを設けるのに対し、先願発明では、補助コイルの配置関係及び形状が特定されていない点

相違点〈2〉

偏向ヨークに巻回される偏向コイルの巻回位置が、先願発明は、偏向ヨーク上部及び下部であるのに対し、本願発明では、その巻回位置が特定されていない点

相違点〈3〉

先願発明が、補助コイルが偏向ヨーク外壁面を上部及び下部から挟むのに対し、本願発明では、補助コイルと偏向ヨーク外壁面との位置関係が不明である点

相違点〈4〉

先願発明が、補助コイルが偏向コイルと直列あるいは並列に接続されるのに対し、本願発明では、補助コイルと偏向コイルとの接続関係が不明である点

相違点〈5〉

本願発明が、偏向コイルの漏れ磁界を打消すように、偏向コイルへ流す偏向電流に応じた電流を補助コイルに供給するのに対し、先願発明では、偏向コイルへ流す電流と補助コイルへ流す電流との関係が不明である点

相違点〈6〉

偏向コイルの漏れ磁界を打消すために、先願発明が、上部の補助コイルが発生する磁界の方向と下部の補助コイルが発生する磁界の方向が逆方向であるのに対し、本願発明では、一対の補助コイルが発生する磁界の方向が不明である点

(4)  判断

a 相違点〈1〉について検討するに、別紙図面Bの第1図及び第3図(b)、(c)に示されている偏向コイルの形状及び配置を参照すると、偏向ヨークの上部及び下部に巻回される偏向コイルは互いに同一形状をなしており、偏向ヨーク内に対称に配置されていると認められ、また、先願発明の明細書(以下、「先願明細書」という。)には、偏向ヨークの上部及び下部に巻回される偏向コイルの形状を異ならせること、または、偏向コイルを偏向ヨーク内に非対称に配置することについて記載されていないので、先願発明の偏向ヨーク上部及び下部の偏向コイルは、互いに同一形状をなしており、偏向ヨーク内に対称に配置されているものと認められる。また、偏向ヨークの上部及び下部に巻回される偏向コイルに流れる電流の大きさは、通常同一であるので、両偏向コイルにより生ずるそれぞれの漏れ磁界は、その強度が同一であり、かつ、偏向コイルの巻回位置に対して対称に分布していると認められる。

そして、先願発明の補助コイルの作用は、先願明細書に記載されているように、「偏向コイルの漏れ磁界と逆方向に分布する磁界を発生することにより、その漏れ磁界を打ち消すこと」であり、偏向コイルから生ずる漏れ磁界は、上記のような強度及び分布をしているので、先願発明のそれぞれの補助コイルは、上記の作用を奏するために、互いに同一形状をなし、かつ、偏向コイルの巻回位置に対応して対称に配置されていると認められるから、相違点〈1〉は、実質的な相違点とは認められない。

b 相違点〈2〉、〈3〉及び〈4〉について併せて検討すると、別紙図面Aの第1図(a)、(b)及び(c)に示されている本願発明の実施例は、偏向ヨークの上部及び下部に偏向コイルが巻回され、補助コイルがこの偏向ヨークの外壁面を上部及び下部から挟むように2分割して巻回形成されており、また、同第2図に示されている実施例は、補助コイルが偏向コイルと直列あるいは並列に接続されているので、本願発明で用いられる補助コイルは、偏向ヨーク上部及び下部の偏向コイルの巻回位置に対応してその偏向ヨーク外壁面を上部及び下部から挟むように2分割して巻回形成され、上記偏向コイルと直列あるいは並列に接続された補助コイルも含むので、相違点〈2〉、〈3〉及び〈4〉は実質的な相違点とは認められない。

c 相違点〈5〉について検討すると、先願発明の補助コイルも、上記のように偏向コイルの漏れ磁界を打消すために用いられるものであるから、「偏向コイルの漏れ磁界を打消すように補助コイルに偏向コイルへ流す偏向電流に応じた電流を供給する」ことは、このような作用を奏するために当然の構成であって、相違点〈5〉は実質的な相違点とは認められない。

d 相違点〈6〉について検討すると、本願発明は、前記のとおり、偏向コイルと補助コイルの構成が先願発明と同一と認められ、両発明は、ともに補助コイルが発生する磁界により偏向コイルの漏れ磁界を打消すものであるので、本願発明も、上部の補助コイルが発生する磁界の方向と下部の補助コイルが発生する磁界の方向が逆方向であると認められるので、相違点〈6〉は実質的な相違点とは認められない。

(5)  したがって、本願発明は、特許法39条1項の規定により、特許を受けることができない。

4  審判の取消事由

先願明細書に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と先願発明が審決認定の一致点及び相違点を有することは認める(ただし、相違点〈6〉に係る本願発明の構成の認定は、下記のとおり不正確である。)。

しかしながら、審決は、本願発明の技術内容を誤認した結果、相違点〈6〉及び相違点〈1〉の判断を誤り、本願発明は先願発明と同一であると誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  相違点〈6〉の判断の誤り

審決は、「先願発明は、上部の補助コイルが発生する磁界の方向と下部の補助コイルが発生する磁界の方向が逆方向であるのに対して、本願発明は、一対の補助コイルが発生する磁界の方向が不明である点」を相違点として認定したうえ、「本願発明も、上部の補助コイルが発生する磁界の方向と下部の補助コイルが発生する磁界の方向が逆方向であると認められるので、相違点〈6〉は実質的な相違点とは認められない。」と判断している。

しかしながら、本願明細書及び図面を参酌すれば、本願発明が要旨とする構成の技術的意義が、上下一対の補助コイルが発生する磁界の方向が同一方向である点にあることは明らかである。すなわち、本願明細書には「補助コイル(10)は、第1図(b)のようにコア(1a)をはさんで水平偏向コイル(1b)に対応する位置に設けられ、その発生磁界(11)が水平偏向コイル(1b)の漏れ磁界(6)を相殺して打消すようにその巻数、巻方向があらかじめ設定されており」(明細書4頁11行ないし15行)と記載され、別紙図面Aの第1図(c)には、上下一対の補助コイル(10)の発生磁界が、(11)のように同一方向であることが示されている(仮に「上部の補助コイルが発生する磁界の方向と下部の補助コイルが発生する磁界の方向が逆方向である」とすると、上下一対の補助コイルがそれぞれ発生する磁界自体が相殺され打消されてしまい、第1図(c)の(11)に示されているような磁界は存在しないことになる。)。このように、本願発明が要旨とする上下一対の補助コイルが発生する磁界の方向は同一方向であり、そのように構成しなければ本願発明の技術的課題は解決されない。

一方、先願発明において上部の補助コイルが発生する磁界の方向と下部の補助コイルが発生する磁界の方向が逆方向であることは、その特許請求の範囲の記載から明らかであるから、「相違点〈6〉は実質的な相違点とは認められない。」とした審決の上記判断は、誤りである(別紙「原告参考図」参照)。

(2)  相違点〈1〉の判断の誤り

特許法39条1項の規定にいう「同一の発明」であるか否かは、それぞれの特許請求の範囲の記載に基づいて判断しなければならない。そして、先願発明の特許請求の範囲には、本願発明が要旨とする「偏向コイルの巻回位置に対応して対称に配置された互いに同一形状をした一対の補助コイル」という構成は、全く記載されていない。

しかるに、審決は、相違点〈1〉について、先願明細書及び図面の記載を参照して、先願発明の偏向コイルの形状及び配置を認定し、これを前提として「先願発明の夫々の補助コイルは、(中略)互いに同一形状をなし、かつ、偏向コイルの巻回位置に対応して対称に配置されていると認められるので、上記相違点〈1〉は、実質的な相違点とは認められない。」と判断している。このように、先願発明の構成を、先願明細書及び図面の記載に基づいて認定し、これと本願発明とを対比した審決の相違点〈1〉の判断は、誤りというべきである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  先願発明の技術内容について

原告の主張は、先願発明の技術内容の誤った理解を前提としてなされていると考えられるので、先ず、先願発明の技術内容に関する被告の理解を釈明する。

先願明細書には、「水平偏向コイル1bに走査電流が流れると、第3図bに示すように磁界が発生し、これの大部分は、偏向ヨーク1の内部空間とコア1aに磁力線が分布する。しかし一部は、漏れ磁界6として、外部空間に輻射する。この漏れ磁界6の外部輻射を防ぐために、金属カバー5により、この磁界を内部に閉じ込め、外部漏れ磁界レベルを抑制する。」(先願発明の特許出願公告公報(以下、「先願公報」という。)2欄11行ないし18行)、「水平偏向コイル1bおよびそれに直列接続された補助コイル10に走査電流を流すと、水平偏向コイル1bは従来の場合と同様に第3図bに示すような一定方向の磁界を発生する。この磁界の有効成分はコア1aを囲む空間に発生され、一部の磁界が漏れ磁界として外部空間に輻射される。これに対して、補助コイル10により発生する磁界は、水平偏向コイル1bの漏れ磁界と逆方向に分布発生し、その漏れ磁界を打ち消すように作用する。この場合、コア1aを囲む空間磁界に対してはコア1aにより影響が極めて少なくなっており、外部空間への不要信号レベルとしては大幅に低減される。」(同3欄29行ないし4欄6行)と記載されている。

ここで問題とされている「漏れ磁界」は、偏向コイル1bの直線部分が発生する磁界ではなく(直線部分はコア1aに囲まれているから、その漏れ磁界の悪影響は小さい。)、偏向コイル1bのうちコア1aから露出している部分(本願明細書5頁6行は、これを「渡り部」と表現している。)からの漏れ磁界である。

そして、先願発明の特許請求の範囲1には、偏向コイルの渡り部からの漏れ磁界を打ち消すために発生させるべき補助コイルの磁界について、「上部の補助コイルが発生する磁界および下部の補助コイルが逆方向に発生する磁界により上記偏向コイルの漏れ磁界を打消す」(先願公報1欄8行ないし11行)と記載されている。しかしながら、上下一対の補助コイルのどの部分における発生磁界が逆方向であるのか、特許請求の範囲の記載からは特定できない。仮に、上下一対の補助コイルの直線部分における発生磁界が逆方向になるように電流を流すと、一方の補助コイルの発生磁界は直線部分とともに渡り部においても偏向コイルの漏れ磁界を打ち消すように作用するが、他方の補助コイルの発生磁界は、直線部分とともに渡り部においても偏向コイルの漏れ磁界を増強するように作用することになり、先願発明の技術的課題(目的)の解決に反する結果となる。

そこで、被告は、先願発明の上下一対の補助コイルの発生磁界が「逆方向」になるのは、偏向コイルの渡り部においてであると理解した。すなわち、補助コイルの直線部分における電流の方向が同じであれば、別紙「被告参考図」の第Ⅱ図及び第Ⅲ図に示されているように、渡り部においては、一方の補助コイルには偏向コイルの電流方向(電子ビームの放射方向)に対して時計回りに電流が流れ、他方の補助コイルには偏向コイルの電流方向に対して反時計回りに電流が流れるから、上下一対の補助コイルの発生磁界は「逆方向」になるが、いずれの発生磁界も偏向コイルの漏れ磁界を打ち消すように作用することになる。

以上のとおりであるから、先願発明が要旨とする上下一対の補助コイルの構成は、「上部の補助コイルが(上部偏向コイルの渡り部において)発生する磁界、および、下部の補助コイルが(下部偏向コイルの渡り部において)逆方向に発生する磁界により、偏向コイルの漏れ磁界を打消す」ものと理解するのが合理的である。

2  相違点〈6〉の判断について

原告は、本願発明が要旨とする上下一対の補助コイルが発生する磁界の方向が同一方向であることは明白であるが、先願発明は、上部の補助コイルが発生する磁界の方向と下部の補助コイルが発生する磁界の方向が逆方向であるから、「相違点〈6〉は実質的な相違点とは認められない。」とした審決の判断は誤りであるという趣旨の主張をしている。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には「偏向コイルの漏れ磁界を打消すように上記補助コイルに偏向コイルへ流す偏向電流に応じた電流を供給する」との作用的な記載があるのみであって、上下一対の補助コイルの発生磁界の方向を特定する記載は存しない。一方、先願発明の特許請求の範囲には、前記のとおり、「上部の補助コイルが発生する磁界および下部の補助コイルが逆方向に発生する磁界」と記載され、上下一対の補助コイルの発生磁界の方向が特定されている。したがって、上下一対の補助コイルの発生磁界の方向を特定しているか否かを、相違点〈6〉として摘示した審決の認定に誤りはない。

そして、原告は、「本願明細書及び図面を参酌すれば、本願発明が要旨とする構成の技術的意義が、上下一対の補助コイルが発生する磁界の方向が同一方向である点にあることは明らかである。」と主張する。

しかしながら、先願発明について前述したところと同じく、本願発明の上下一対の補助コイルが発生する磁界の方向が同一方向であるのは補助コイルの直線部分においてであって、偏向コイルの渡り部においては、上下一対の補助コイルの発生磁界は逆方向でなければ、本願発明の技術的課題(目的)の解決に反する結果となる(したがって、別紙図面A第1図の(b)に示されている上下一対の補助コイルの電流が、いずれも右から左へ流れているとすれば、図示されている磁界11の方向は、上下とも正しい。そして、同図(c)に示されている補助コイル10の発生磁界11の方向のうち右側は正しいが、左側は(電流は紙面の上から下へ流れているから)誤っている。)。

以上のとおり、相違点〈6〉は実質的には相違点でないことになるから、相違点〈6〉に係る審決の判断に誤りはない。

3  相違点〈1〉の判断について

原告は、特許法39条1項の規定にいう「同一の発明」であるか否かは、それぞれの特許請求の範囲の記載に基づいて判断しなければならないから、先願発明の構成を先願明細書に添付された明細書及び図面の記載に基づいて認定し、これと本願発明とを対比した審決の相違点〈1〉の判断は誤りであると主張する。

特許法39条1項の規定にいう「同一の発明」であるか否かは、それぞれの特許請求の範囲の記載に基づいて判断しなければならないことは、もとより当然である。しかしながら、前記のように、先願発明の技術的意義(上下一対の補助コイルの配置関係及び形状)がその特許請求の範囲の記載のみでは一義的に明確に理解できないので、その技術内容を明確にするために、審決は先願明細書及び図面の記載を参酌したものであるから、原告の上記主張は当たらない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の明細書)、第4号証(平成5年11月1日付け手続補正書)及び第5号証(平成6年3月25日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)  技術的課題(目的)

本願発明は、デイスプレイモニタ等においてそのCRT偏向ヨークから外部に輻射される有害な不要信号を減衰させるようにした、不要輻射防止装置に関するものである(明細書2頁1行ないし4行)。

偏向ヨークからの漏れ磁界を抑制するために、従来はヨークを金属等で囲って遮蔽を行っていた。第4図は、従来の不要輻射防止装置を示すもので、CRT2に装着された偏向ヨーク1を囲むように、金属カバー5が取り付けられている(同2頁9行ないし15行)。水平偏向コイル1bに走査電流が流れると、図(b)に示すように磁界が発生し、磁力線の大部分は偏向ヨーク1の内部空間とコア1aに分布するが、一部は図(c)に示すように漏れ磁界6として外部空間に輻射する。この漏れ磁界6の外部輻射を防ぐために、金属カバー5により磁界を内部に閉じ込め、外部漏れ磁界のレベルを抑制する(同2頁17行ないし3頁4行)。

このように、従来の不要輻射防止装置は、漏れ磁界を物理的に閉じ込めることにより外部輻射を抑制していたので、構造設計上大きな制約を受け、放熱やコスト等に問題があった(同3頁6行ないし9行)。

本願発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであって、漏れ磁界を電気的に抑制することにより、構造設計に制約を受けることもなく、安価に構成できる不要輻射防止装置を得ることを目的とする(同3頁10行ないし14行)。

(2)  構成

上記技術的課題(目的)を解決するため、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(平成6年3月25日付け手続補正書3頁2行ないし6行)。

すなわち、本願発明の不要輻射防止装置は、偏向ヨークに巻回された偏向コイルの巻回位置に対応して対称的に同一形状の補助コイルを配置し(平成5年11月1日付け手続補正書2頁13行ないし17行)、この補助コイルには、偏向コイルに流す偏向電流に応じた電流が供給され、偏向コイルの漏れ磁界を打ち消す磁界が発生するものである(同2頁20行ないし3頁1行)。

(3)  作用効果

本願発明によれば、偏向コイルの漏れ磁界を効率よく打ち消すことができ、従来のように遮蔽カバー等を必要とせず、安価に不要輻射を防止できる効果がある(平成5年11月1日付け手続補正書3頁4行ないし12行)。

2  相違点〈6〉の判断について

原告は、本願発明は上下一対の補助コイルが発生する磁界の方向が同一方向である点に技術的意義を有するが、先願発明の上下一対の補助コイルが発生する磁界の方向は逆方向であるから、相違点〈6〉は実質的な相違とは認められないとした審決の判断は誤りであると主張する。

先願発明の特許請求の範囲に「上部の補助コイルが発生する磁界および下部の補助コイルが逆方向に発生する磁界により上記偏向コイルの漏れ磁界を打ち消すようにした」と記載されていることは当業者間に争いがないが、この記載からは補助コイルの発生する逆方向の磁界と偏向コイルの漏れ磁界の方向との関係は必ずしも明らかではない。

そこで、先願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌すると、成立に争いのない甲第6号証によれば、先願明細書には、先願発明の[作用]として、「補助コイルは、偏向コイルと直列あるいは並列に接続されることにより、走査周波数に対応して、偏向コイルの漏磁界を打消す磁界を発生する。」(先願公報3欄13行ないし16行)と記載され、また、[発明の実施例]について「補助コイル10により発生する磁界は、水平偏向コイル1bの漏れ磁界と逆方向に分布発生し、その漏れ磁界を打ち消すように作用する。」(同3欄35行ないし4欄3行)と記載されていることが認められる。これらの記載には、偏向コイルの漏れ磁界の影響を防止するため、偏向コイルの漏れ磁界の方向とは逆方向の磁界を補助コイルによって発生させ、偏向コイルの漏れ磁界を打ち消すという技術的思想が開示されていることが明らかである。その半面、「偏向コイルの漏れ磁界を打ち消す」という技術的課題(目的)からみる限り、上下一対の補助コイルがそれぞれ発生する磁界の方向を、偏向コイルの漏れ磁界の方向を考慮せず、単に逆方向にすることには、何らの技術的意味も見出だすことができない。換言すれば、「偏向コイルの漏れ磁界を打ち消す」という技術的課題(目的)を解決するためには、補助コイルが発生すべき磁界の方向は、対応する偏向コイルが発生している磁界の方向との関連においてのみ決定されることであって、対をなすもう一方の補助コイルが発生する磁界の方向とは全く関係がなく、先願発明はその特許請求の範囲において上下の補助コイルの磁界の方向を規定したものとはいえない。

以上のとおりであるから、先願発明の特許請求の範囲の「上部の補助コイルが発生する磁界および下部の補助コイルが逆方向に発生する磁界により上記偏向コイルの漏れ磁界を打消す」という記載は、「上部の補助コイルが上部偏向コイルの磁界と逆方向に発生する磁界により、上部偏向コイルの漏れ磁界を打消す」、および、「下部の補助コイルが下部偏向コイルの磁界と逆方向に発生する磁界により、下部偏向コイルの漏れ磁界を打消す」という意味に理解すべきものであり、そのように理解することによってのみ、先願発明が技術的意義を有しうることは多言を要しないところである。

これに対し、本願発明の要旨とする構成は、上下補助コイルがそれぞれ対応する上下偏向コイルの磁界と逆方向に発生する磁界により上下偏向コイルの漏れ磁界を打ち消す構成のものであることは、本願発明の特許請求の範囲の記載及び前掲甲第2号証により認められる別紙図面A第1図に示された本願発明の実施例の記載から明らかであるから、この点において、先願発明の前記構成との間に実質的な差異はない。

なお、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には「コア(1a)外部の渡り部では、第1図(b)に示すように漏れ磁界(6)として外部に輻射される。」(5頁6行ないし8行)と記載されていることが認められ、偏向コイルの漏れ磁界の影響が問題となるのは、偏向コイルのうちコアから露出している部分(以下「渡り部」という。)から漏れる磁界であることが明らかであるから、本願発明において、前記の補助コイルが発生すべき磁界の方向を決定する基準となる「対応する偏向コイルが発生している磁界の方向」とは、「対応する偏向コイルの渡り部が発生している磁界の方向」に他ならない。ちなみに、「対応する偏向コイルの渡り部が発生している磁界の方向」と逆方向の磁界を発生させるために、補助コイルにいずれの方向の電流を流すべきかは、相違点〈5〉の判断において説示されているとおり、当然に決定される事項にすぎない。

そして、補助コイルが発生すべき磁界の方向が、対応する偏向コイルの渡り部が発生している磁界の方向との関連において当然に決定されることは、いうまでもなく、本願発明においても全く同様である。このことを、本願発明は、その特許請求の範囲において、「偏向コイルの漏れ磁界を打消すように(中略)補助コイルに偏向コイルへ流す偏向電流に応じた電流を供給する」と表現しているのである。

以上のとおりであって、審決の相違点〈6〉の認定は本願発明及び先願発明の要旨とする構成の正確な認定に基づくものとはいえないが、この点に係る構成の差異が実質的な相違点とは認められないとした審決の判断は、その結論において正当であるから、審決に原告主張の違法は存しない。

3  相違点〈1〉の判断について

原告は、特許法39条1項にいう「同一の発明」であるか否かは、それぞれの特許請求の範囲の記載に基づいて判断しなければならないから、先願発明の構成をその特許願書に添付された明細書及び図面に基づいて認定し、これと本願発明とを対比した審決の相違点〈1〉の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、特許法39条1項にいう「同一の発明」であるか否かの判断は、それぞれの特許請求の範囲に記載された技術的事項を基本とするものであるが、その解釈には明細書中の発明の詳細な説明及び願書添付図面を参酌することができることは当然のことであるのみならず、前掲甲第6号証によれば、先願公報には、先願発明の特許請求の範囲として「偏向ヨーク上部および下部の偏向コイルの巻回位置に対応してその偏向ヨーク外壁面を上部および下部から挟みこむように2分割して巻回形成され(中略)た補助コイルを設け、この上部の補助コイルが発生する磁界および下部の補助コイルが(中略)発生する磁界により上記偏向コイルの漏れ磁界を打消す」(1欄4行ないし11行)と記載されていることが認められる。この記載と、審決が説示するように、上部及び下部の偏向コイルに流れる電流の大きさは通常同一であり、したがって両偏向コイルから生ずる漏れ磁界の強度も同一であって、コイル巻回位置に対し対称に分布することを併せ考えれば、先願発明が要旨とする上下一対の補助コイルは、先願公報の「発明の詳細な説明」の欄の記載あるいは図面を参酌するまでもなく、上下一対の偏向コイルに対して対称の位置に配置されるものであり、かつ、互いに同一形状に形成されているものであると理解するのが自然であって、これを、偏向コイルに対して非対称に配置され、あるいは異なる形状のものであると考えるべき理由は全くない。

したがって、相違点〈1〉は実質的な相違点ではないとした審決の判断に誤りはない。

4  以上のとおりであるから、本願発明の新規性を否定した審決は、結論において正当である。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本件請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

第1図は、この発明の一実施例における不要輻射防止装置を示す図で、第1図(a)は一実施例の構成を、第1図(b)は偏向ヨーク側面及び磁力線分布を、第1図(c)は偏向ヨークの断面及び磁力線分布をそれぞれ示す図、

第2図は第1図の電気的接続を示す回路図、第3図はこの発明の他の実施例における電気的接続を示す回路図、第4図は従来の不要輻射防止装置を示す図で、第4図(a)は従来の構成を、第4図(b)は磁力線の分布を、第4図(c)は偏向ヨークの側面と磁力線の分布をそれぞれ示す図である。

図において、(1)は偏向ヨーク、(1a)はコア、(1b)は水平偏向コイル、(10)は補助コイルである。

1:偏向ヨーク

1a:コア

1b:水平偏向コイル

10:補助コイル

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面B

第1図は、この発明の一実施例における不要輻射防止装置の構成を示す図、第2図は、第1図の電気的接続を示す回路図、第3図a~cは、従来の不要輻射防止装置を示す図で、第3図aは従来の構成を、第3図bは磁力線の分布を、第3図cは偏向ヨークの側面をそれぞれ示す図である。

図において、1は偏向ヨーク、1aはコア、1bは水平偏向コイル、10は補助コイルである。

〈省略〉

1:偏向ヨーク

1a:コア

1b:水平偏向コイル

10:補助コイル

原告参考図

〈省略〉

電流の方向

〓:電流は紙面の表から裏へ流れる。

〓:電流は紙面の裏から表へ流れる。

被告参考図

〈省略〉

水平偏向コイルの構造はこれと基本的に同じで、電流と磁界の方向は全て逆の関係になる。

〈省略〉

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